ブラック人生

〜虐待・養護施設・借金問題〜ありのままの26年記録

2,新しい家族

 

わたしが5歳の時、その悪魔と出会いました。

 

その人にはわたしより2歳下の娘がいて、少し都会の方で娘と2人で暮らしていました。

毎週土曜日は父親に連れられ、その人の家にお姉ちゃんと父親と3人でお泊まりをしに行っていました。

 

わたしとお姉ちゃんは年子なので2歳下の女の子とは年も近いということもありすぐに仲良くなりました。

実家には小さい子が遊ぶようなおもちゃがなかった為、おもちゃがたくさんある家に遊びにいくのが楽しみでしょうがなかったのです。

 

その人の家は実家からは少し距離があったので、帰る時はいつも日曜日の朝早くに家を出発し、毎朝その人が作ってくれたおにぎりを帰りの車で食べながら当時流行っていた『ミニモニ。』を聞くことが1週間の中で1番楽しみにしていた時間です。

「あの人すごく優しいからパパ結婚しちゃえばいいいのに!」なんて子供の時は後先考えずになんでも言えちゃうもんだから、今となってはこの出会いが良かったのかどうか。

 

それから月日が経ち、その人たちが実家にきて一緒に暮らすことになりました。

どのタイミングで再婚したのか思い出そうとしても全く記憶が蘇らないので、まあ自然とそういう風になったのだと思います。

 

その人たちが引っ越してくる何日か前に、おばあちゃんがお店の近くに部屋を借りて一人暮らしをすると父親から聞き、寂しくてどうしようもなく泣いてしまいました。

最後におばあちゃんが出ていく時に「これからお母さんができるんだから、わたしのことはもうお母さんと呼んじゃダメだよ」と言ったのです。

おばあちゃんと一緒にいられないなら新しい家族なんていらないのにと思ってしまう程、その時のおばあちゃんの顔がどこか切なくみえたのでしょう。

 

心に少しだけ小さな穴があいたまま、新しく家族になる人たちとの同居が始まりました。

 

 

 

家族5人暮らし

挙式も無事終わり、正式に新しい家族として5人暮らしが始まりました。

ジャガイモが嫌いな父親が晩御飯でジャガイモの入った料理が出てきた時、わたしのお皿に移し替えてるところを義母に発見され怒られていたり、学校が休みの時は家事のお手伝いをしたり、クリスマスにはサンタさんがゲームボーイを買ってくれたりといたって普通の家庭と変わらない日々を過ごしていました。

 

実家で暮らしていた時のことで1番記憶に残っていることは、夏休みに行われた児童会館の遠足です。

わたしとお姉ちゃんはこの時小学校低学年だったので児童会館に通っていました。

家族が多いからか普段あまりおやつを買ってもらえることがなかったわたしにとって修学旅行や遠足といった行事はおやつを食べられる絶好の機会だったのでとてもはしゃいでいました。

案の定おやつを食べすぎてお弁当が食べられず、そのままお弁当を家に持って帰ることにしました。

しかし残したらもちろん怒られるので家に帰ってからそのお弁当を食べたのです。

今考えれば道中でコンビニのゴミ箱に捨てるなり何かしらの策があったんだろうけど、その時はなんの知識もないガキンチョだったので真夏に冷蔵していないお弁当を食べることがどういう結果を招くなど考えもしなかったのです。

 

その夜、わたしは自分の体の異変で起き上がりました。

布団が嘔吐まみれなことにすぐ気がついたわたしは、具合が悪いということより『汚してしまったから怒られる』という気持ちが勝ってしまい、バレないように片付けなきゃいけないという考えで頭がいっぱいでしたが、居間の電気がついていたのとテレビの音がしたことに気がつき、これはもう正直に謝るしかないと決め怠い体を起き上がらせ謝罪しにいきました。

予想とは反対に義母がとても心配してくれたのでわたしはホッとしました。

 

それからの記憶は全くありませんが、次に目が覚めた時は病院のベットの上でした。

あれは何時だったのか、真夏の外はまだ暗く、頭上の簡易ライトで照らされていた寝ている義母を見て安心してまた眠りにつきました。

 

話は変わりますが、人間の脳は抱えきれない程の嫌な記憶や過去は頭がパンクしないように自然と忘れるようにできているみたいです。

それでもこれがわたしの中で思い出せる、義母がわたしに対して優しくして接してくれた唯一の記憶になってしまったのです。