ブラック人生

〜虐待・養護施設・借金問題〜ありのままの26年記録

6,実母との再会

 

母親との再会は実に5年ぶりでした。

わたしが3歳の時に離婚しているので顔も声も思い出せませんがとにかく「会ってみたい」という好奇心で胸が躍っていました。

 

母親の実家までは父親に送ってもらい、まずは両親に挨拶をしました。幼少期の記憶がほとんどなかったのですがどこか懐かしい気持ちにさせてくれるような温かい空間で「帰ってきた」という感覚になりました。

母親は6人兄妹の長女で、その当時兄妹の中で結婚して子供が生まれたのは母親だけだったこともあり、わたしとお姉ちゃんは昔から母親の兄妹に可愛がってもらっていたので久しぶりの再会に家族みんなが喜んでくれていたのです。

次女がその当時ケーキ屋さんで働いていたので、わたしが帰ってくるという話を聞いて帰りにお店のケーキを買ってきてくれたり、ゲーム好きの三女は小学生のわたしと一緒にできるゲームを用意してくれていたりと想像していた以上に歓迎してもらえたのがとても嬉しくこの時からすでに「この家に帰ってきたい」と思い始めていました。

 

母親はまだ仕事から帰宅していなかったので父親は軽く家の人に挨拶を済ませるとそのまま帰宅してしました。

父親を見送ったあとわたしは飼っているウサギと遊んだり母親の両親や一緒に住んでいる兄妹とお話ししながら帰りを待つことにしたのです。

 

先に夕ご飯を済ませ、三女の部屋でゲームをしていたその時、玄関のドアが開いた音がしました。

母親が仕事から帰ってきたのです。

わたしはその瞬間「久しぶりに会える!」という気持ちより「会ってもいいのかな」という不安に襲われました。

離婚した理由を聞かされていないわたしは心のどこかで「いらなくなったから捨てられた」と思ってしまっていたのです。会いにきたことが迷惑だったんじゃないかと考えてしまい、その場から動けずにいました。

 

「ほら、帰ってきらから出ておいで」と手を引っ張ってくれた三女に連れられ母親の元に行きました。

母親はわたしを見つけるなり「元気にしてた?」と温かい笑みを浮かべぎゅっと抱きしめてくれましたが、わたしは「この人がお母さんか」とどこか他人の様な気持ちになってしまいました。

 

それでも今まで感じたことのないような温かさと嬉しさでわたしは満たされていました。

 

 

 

母親への不信感

 

 

何時間か笑談し、三女と一緒にお風呂に入り終えそろそろ寝る時間になった頃に母親が「帰ろうか」と言い出したのです。わたしはてっきりこのまま実家でみんなと一緒にいれるものだと思っていたのでどこに帰るのか聞いてみると、どうやら母親は実家の近くで1人暮らしをしているみたいで今日はそっちの家で2人で泊まるという話でした。

 

わたしはこの瞬間胸がざわつきました。

そしてそのざわつきが何かもわからぬまま実家から徒歩3分圏内にある母親の家に向かったのです。家に着くとそこは女1人暮らしとは思えないほどの殺風景な部屋でした。

1DKの間取りで必要最低限の荷物や備品などが揃っているだけの部屋でわたしは母親と2人きりになったのです。

 

わたしはこの気持ちをかき消す為、母親に家のことや義母のこと、学校のことなどたくさんの話をしました。

「話していくうちに慣れていけば、きっとこのざわつきはなくなる」と思っていたのです。

ですが夜もふけていたので仕事終わりで疲れていた母親は寝る準備を始めていて、わたしの抵抗も虚しく寝る時間を迎えてしまいました。

 

照明を豆電球に切り替え、セミダブルサイズの布団でわたしたちは横になりました。

薄暗い景色の中で母親の顔がぼやあっと少しだけ見えていたことと、今でもずっと脳裏に焼き付いて離れない『初めて会った女性』の人と一緒の布団で寝るという感覚に恐怖を覚え、わたしは布団に入ってすぐに泣き出してしまいました。

母親はすぐにどうしたのかと聞いてくれましたが、わたしにもなぜ自分が母親のことをこんなに怖いと思ってしまっているのかわからず涙が止まりませんでした。

母親はわたしがすぐに懐いた三女を家に呼び、その日は3人で寝ることにしました。わたしは三女が来たことで安心しすぐに眠りにつきました。

 

 

 

ずっと会いたかった母親と再会できて嬉しいはずなのになぜこんな風になってしまったのか。

わたしは申し訳なさと後悔で自分のことを責めてしまいましたが、悔やんだって時は戻りません。

そしてこれをきっかけにわたしは母親と一生会えなくなってしまったのです。